大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和23年(モ)74号 判決

当庁昭和二十三年(ヨ)第一八九号仮処分申請事件について昭和二十三年八月二十五日当裁判所がなした仮処分決定は、申立人に対し別紙目録<省略>記載の建物につき讓渡賃借権の設定その他の処分をなしてはならない旨命じた部分を除き、金拾万円の保証を立てることを條件としてこれを取消す。

申立人その余の申立を棄却する。

申立費用は被申立人の負担とする。

この判決は申立人勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

二、事  実

申立代理人は主文第一項掲記の仮処分決定は申立人において相当の保証を立てることを條件としてこれを取消す。申立費用は被申立人の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その理由として次のように述べた。

被申立人の申請にかかる名古屋地方裁判所昭和二十三年(ヨ)第一八九号仮処分申請事件について同裁判所は同年八月二十五日申立人に対し、「別紙目録記載の建物に対する被申請人(本件申立人)の占有を解き申請人(本件被申立人)の委任する名古屋地方裁判所執行吏をしてこれを保管せしめる。但し受任執行吏は右建物につき森和也のみの居住を許さなければならない。被申請人は右建物において居住並びに診療行爲をなし、又は右建物の讓渡賃借権の設定その他一切の処分をなしてはならない。受任執行吏は右保管にかかることを公示するため並びに前項の目的を達するため適当な処置を執らなければならない」との仮処分決定をなし、被申立人は同月二十六日申立人に対しその執行をした。しかしながら右仮処分決定は、本件建物の敷地について所有者たる被申立人が申立人に対し借地権不存在確認並びに建物收去の本案訴訟を提起し、その執行を保全するため爲されたものであつて、これにより保全せられる被申立人の権利は要するに金銭的補償により、終局の満足を得られるものであるから、民事訴訟法第七百五十九條にいわゆる特別事情の存する場合に該当する。そこで申立人はこれに対し保証を立てることを條件として仮処分命令の取消を求める次第である。仮に右の理由による特別事情が認められないとしても、昭和二十五年一月十九日申立人に対し、かねて被申立人との間に係属中の名古屋地方裁判所昭和二十四年(シ)第二号借地権確認並びに借地條件確定申立事件において申立人の本件土地に対する借地権を確認する旨の裁判がなされたから、この点においても本件仮処分命令を取消すべき特別事情が存するものと言うべきである。被申立人主張の抗弁事実はいずれもこれを否認する。仮に被申立人主張のように本件建物の建築中止命令又は建物撤去の通知がなされたとしても、右は本件土地に対する訴訟が終了し、申立人の借地権の有無が確定するまでその効力が留保せられているものであり、本件仮処分取消申立の障碍となるものではない。<立証省略>

被申立代理人は本件申立を棄却する。申立費用は申立人の負担とするとの判決を求め、その理由として次のように述べた。

申立人主張の日その主張のような仮処分決定がなされ、翌日申立人に対しその執行がなされたことはこれを認めるが、右仮処分の取消につき申立人主張のような特別事情の存することはこれを否認する。元來仮処分取消における特別事情とは申立人主張のごとき事実の外申請人側及び被申立人側双方の被るべき損害を比較衡量して決定すべきものであり、本件におけるように被申立人が当該仮処分の取消によつて被る損害が申立人の当該仮処分の維持によつて被る損害に比し大である場合には、かかる特別事情は存在しないのである。

なお仮に右のような特別事情が存するとしても、本件取消申立は次の理由によつてやはり不当である。即ち(一)申立人はさきに本件土地につき被申立人を相手方として借地権確認の訴を提起し、その執行保全の目的で昭和二十二年十二月六日本件土地に対する被申立人の占有を解き申立人の委任する名古屋地方裁判所執行吏をして保管せしめる旨の仮処分命令(同庁昭和二十二年(ヨ)第一九六号)を受け同月十日これを執行したが、右執行により被申立人はもとより申立人自身も本件土地に立入ることを禁ぜられた筈であるのに、申立人は不法にも右土地に立入り本件建物の建築工事を進行したのであるから、かかる不法な建築を利用する目的でなされた本件申立はこれを許容すべきでない。また本件建物については申立人に対し、昭和二十三年一月十四日名古屋市から建築中止並びに建物撤去通知がなされ、更に同年八月三日建設大臣から工事中止命令が発せられているから、かかる建物に申立人の居住を許すことは固より不当且つ無意義と言わねばならない。

從つていずれにしても本件取消申立は失当であつて棄却を免れない。<立証省略>

三、理  由

被申立人(仮処分申請人)の申請により昭和二十三年八月二十五日申立人(仮処分被申請人)に対し申立人主張のような内容の仮処分決定がなされ、同月二十六日右決定の執行せられたことは当事者間に爭のないところである。

そこで申立人は右仮処分によつて保全せられる被申立人の権利は金銭的補償によりその終局の満足を受け得るものであるから、仮処分取消につき特別事情が存すると主張するゆえ、右特別事情の存否の点につき考察する。

元來仮処分によつて保全せられるものは特定の給付であり金銭をもつては債権者に満足を與え得ない故、保証を立てしめて仮処分決定を取消すことは一般に許されぬのを原則とするのであるが、然し特別の事情が存する場合にも絶対にその取消を許さぬものとすれば、時に債務者に対し苛酷に失し妥当を欠く場合を生ずるであろう。

そこで民事訴訟法第七百五十九條は特別の事情が存するときに限り保証を立てしめてこれを取消すことを得る旨規定したのである。したがつて右にいわゆる特別事情としては、仮処分によつて保全せられた給付に代えるに金銭をもつても債権者を満足せしめ得る事情の存する場合がこれに該るは勿論であり、仮処分によつて保全せられる申請人の利益(逆に言えば仮処分を取消すことによつて申請人の被るべき不利益)が金銭的補償によつて満足せしめられ、仮処分被申請人の供與する保証が申請人に対し仮処分を維持するとほぼ同等の保護を與え得る場合には特別事情あるものとして仮処分を取消し得る訳である。

被申請人は民事訴訟法第七百五十九條にいわゆる特別事情ありとなすには、右のような事情の外なお仮処分の存続によつて仮処分被申請人の被る損害がその取消によつて仮処分申請人の被る損害に比べ必ず大でなければならぬと主張するのであるが、右のような主張は前記同條の立法趣旨に照し、にわかに首肯し難きところである。ところで本件仮処分によつて保全せられる被申立人の利益は、申立人が本件建物に居住して診療行爲をなし、若しくはこれを他に讓渡賃貸する等の処分をなすことを阻止し、もつて被申立人が將來なさんと欲する本件土地明渡の執行行爲を可能ないしは容易ならしめる点に存する。したがつて本件仮処分命令のうち、申立人に対し本件建物の讓渡賃貸等の処分を禁止した部分を取消すときは、申立人が右建物の所有権又は占有名義を轉輾変更せしめて、被申立人の將來の明渡執行を不可能ならしめることも考えられ、被申立人に対し事実上本案訴訟において敗訴したと同様の不利益を被らしめることとなつて、最早金銭的補償をもつては被申立人に仮処分の維持とほゞ同等の保護を與え得ない結果を生ずるであろう。これに反し、本件仮処分の爾余の部分(即ち本件建物の居住及び診療行爲を禁ずる等の部分)のみを取消す場合には、單に申立人に対して本件建物への住居及び診療行爲を許容するに止まるゆえ、右は被申立人の土地明渡執行を稍困難ならしめるに過ぎず、而もかかる困難は結局執行に要する費用の増大及び時日のせん延を來すに止まる問題であつて、金銭的補償により容易に満足を得しめ得る性質のものであるから、本件仮処分は右の限度において相当額の保証供與を條件としてこれを取消し得べき特別事情があるものと言わねばならない。なお申立人は、昭和二十五年一月十九日本件係爭土地に関する当裁判所昭和二十四年(シ)第二号借地権確認並びに借地條件確定申立事件において申立人に対し勝訴の裁判があつたから、この点から言つても本件仮処分取消の特別事情が存すると主張するけれども、かかる事実は(事情変更による仮処分取消の裁判を求める理由となすはとにかく)民事訴訟法第七百五十九條にいわゆる特別事情に該るものとは称し難いから申立人の右の主張はこれを採用し得ない。

次に被申立人は、本件において仮に前記のごとき特別事情が存するとしても、(一)本件建物は申立人自身の申請にかかる仮処分命令に違反し建てられた不法建築物であり、且つ(二)本件建物に対し名古屋市より建築中止並びに建物撤去の通知がなされ又建設大臣より工事中止の命令が発せられているから、何れにしてもかかる建物の利用を目的とする本件仮処分取消申立は失当であると主張するけれども、右(一)のような事情は申立人に刑事上の責任が生じ得るかどうかの問題は別として、本件仮処分取消申立事件において特別事情の存在を認めて仮処分を取消すことの支障とはなり得ないし、また右(二)の主張については証人伊藤兼吉の証言により原本の存在並に成立を認め得る乙第十号証、同証言によりその成立を認め得る乙第十一号証の一、二によれば、右のような工事中止命令又は建物撤去通知が発せられたことを認め得るけれども、他方証人伊藤兼吉の証言及び申立人本人尋問の結果によると、申立人主張のように右命令および通知はいずれも本件土地に関する訴訟が終了し申立人の借地権の有無が確定するまでその効力の発生を留保せられているものであつて、本件仮処分の取消の許否を決するにつき何等の影響を及ぼさぬことを窺い得るから、被申立人の右主張は理由がないものと言わねばならない。

以上のような訳であるから、申立人の本件仮処分取消申立は前記取消を認め得る限度において正当であるゆえ申立人において金拾万円の保証を立てることを條件としてこれを許容し、その他の部分は失当としてこれを棄却し、申立費用の負担及び仮執行の宣言につき民事訴訟法第八十九條、第九十二條、第百九十六條を適用して、主文のように判決する次第である。

(裁判官 山口正夫 奥村義雄 杉山克彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!